音楽の編み物

シューチョのブログ

言の葉と音の符、楽の譜は文の森 (29)

 ピアニスターHIROSHIのライブに行ってきました。彼の「実演」を聴くのはこれで2度めです(笑)。何でまた…と思われるでしょうか。しかし、彼はなかなかすごい。いわゆる「冗談音楽」に分類されるのでしょうが、その華麗なテクニックは半端ではなく、それに支えられてこその超絶技巧的ネタの数々がある。

おそらく毎回必ず行われるコーナーとして「客から募った十数曲をメドレーでつないで弾くコーナー」があります。舞台をおりて客席を回り、次々とリクエストされる曲を指折り数え、それを覚えてその場でつないで弾くのです(リクエストの仕方は、漠然とでは客の方も思いつきにくいため、あるルールに基づいているのですが、それがまた、客も彼自身も事をスムーズに運ばせるのに適していて、なるほどと思わせるものです)。条件は「私=HIROSHIが知っている曲」(笑)。いや、「知らない曲の場合は、その場でメロディーを口ずさんで下さい。なんとかします」。今回は全部で12曲でした。つまり「編曲の即興」をやってのけるわけです。それぞれの曲の伴奏も曲から曲へのブリッジも。実行するだけでもすごいといえるのに、結果についても全編に一定の質が保たれていて驚きます。こういうリクエストというのは、たいていよく知られた曲ばかりになるので、客としては、その演奏に「事も無げに」親しみやすく接することができます。ですから、それを「事も無げに」やってのけるHIROSHIのすごさ自体はというと、「うわ、すげー」という感じは緩和されてしまい、「知っている曲が次々聞けて、たのしかったね」という感じになって伝わるのですね。そこが二重にすごいと思います。

また、トークも冴えています。今年の秋には某有名音楽TV番組への出演が決まっているそうですが、その番組名を巧くネタにしたボケには場内爆笑。他にも「おチャイコフスキーのお協奏曲を演奏なさる××」とか…。深読みかもしれませんが、彼には、お高くとまっているのに、その実、眠たくつまらないだけというクラシック音楽界の小さくない一定部分に対する反骨精神・批判的姿勢というものが一貫してあるのではないかと思います。「フン、名が知れても中身がない連中など、何する者ぞ」という、彼の裏の声を僕はそこに聞くわけです。

現在出ている3枚のアルバムCDの中では、何といっても「お母さん聞かないでちょうだい!─ぎらぎら星変奏曲」が最高傑作です。彼がそこでやっていることは、エリック・ハイドシェックが「ラ・マルセイエーズの主題による変奏曲」でやったこととアイデアとしては同様といえます。特に「ブラームス風」の部分においてハンガリー舞曲第5番に「きらきら星」が織り交ざっていく様は圧巻。初めて彼のリサイタルを聴いた際のサイン会で「ぎらぎら星変奏曲が傑作、特に『ブラームス風』はすばらしいと思います」と伝えると「それは通ですねえ!あれはなかなかウケないんですよ…」という答えが返ってきました。確かに、誰にでもわかる「まいごのまいごの子猫ちゃん踏んじゃった」や「アイネクライネスーダラムジーク」に比べれば、「ぎらぎら星」を聴いて楽しむというのは「難解な鑑賞」に属するでしょう。HIROSHIのような才人は、広く一般の人々に訴えるわかりやすいネタを豊富に持っているからこそ、活動を続けることができてきた。それは百も承知のつもりではありますが、彼の観客層がもし「山本直純フォーエヴァー」に嬉々としたような「音楽のわかる」聴衆であったならば、「ぎらぎら星」が実演においても定番レパートリーになっただろうに…と、やはり惜しまれるのです。