音楽の編み物

シューチョのブログ

梯剛之 ピアノ・リサイタル

言の葉と音の符、楽の譜は文の森(40) 2009年5月

宝塚ベガホールで梯剛之リサイタルを聴きました。

梯のピアノは、実演が聴けることを心待ちにしながらも、数年前高槻など近くへ来たときも日が合わず、ようやく聴ける機会に恵まれました。エリーゼ、七つのバガテル、エロイカ変奏曲、熱情、第31番の、全曲ベートーヴェンというプログラム。バガテルは若書きのベートーヴェンがたのしく、エロイカでは作品よりは梯のピアニズムが冴え、ベーゼンドルファーがホールに鳴りきった感がありました。

熱情は終楽章がストライク。好きなCDの一つはハイドシェック日本ライブ盤なのですが、ちょっと速すぎるなあ…と思っていたところ、梯のこの日の演奏は噛み締めるような遅いテンポで、まるで自分が弾いているようで嬉しく、聴きながら気持ちが高揚し通しでした。梯自身のCDではこのようには感じなかったなと思って帰ってそれを復習しましたが、やはりそれほどではなく、この日の実演の方が明らかに遅く、また表現も深まっていました。

そして何といっても白眉は第31番です。フーガにさしかかり、雨あがりの木の葉が揺れて露の玉が残ってゆくように、梯の透き通った弱音の音色がホールに響き残ってゆきます。実はこの日、それまでは、CDでは聴けたような梯ならではの美しい弱音が少なく、おしなべてメゾピアノ以上でまとまっているように聴こえていたのです。スタインでなくベーゼンだから?ベガホールのレンガのせい?座席の位置もあるか?などとあれこれ考え、この辺り、しるばーさたん氏にでもまた意見を伺おうかと思いながら聴いていたのですが、31番のフーガ開始の段になって、そうか、今日、梯はこれをやりたかったのだ、すべて、ここのこれに向かって焦点を当ててプログラムの演奏構成を練ったのだ、と確信しました。もちろん深読みかもしれませんが、そのように演じ手との内面の交信ができることが、聴き手として何にも増して愉しいコンサートといえます。こうなると、先ほどのあれこれの考えなどどうでもよくなって飛んでしまい、宇野先生がよく書かれますが、「ピアノがどう、ピアニストの技術がどう、ではなく、目の前に鳴る音楽だけを感じる」世界に入ってゆけました。ベートーヴェン梯剛之と小西収とが居合わせた一期一会の音楽の場の深い感動の経験です。すばらしい一夜となりました。