音楽の編み物

シューチョのブログ

言の葉と音の符 楽の譜は文の森 (23)

 チョン・ミョンフンN響ブルックナー第7。「ブルックナーが名声を得た出世作」「編成も非常に大きい大作」と、こういう本質を外した解説には、通なら首を傾げるし、かといって初心者向きかというとそれも疑問です。無い方がまし。しかしいずれにせよ全楽章放送する時間はないからこういうつまらない話になるのでしょう。

 さて、演奏ですが、ミョンフンのいつもながらのしかめ面は何とかならないかなあ。第2楽章は遅過ぎ(るように聞こえ)、第3楽章は速過ぎる(ように聞こえる)。特にスケルツォはオーケストラが響きを作る余裕を持てずに四苦八苦していた感じ。ところが、フィナーレ直前、ミョンフンがこれまたどうしたことか急に笑みを見せてから始めると、オーケストラも一気に息を吹き返したように活気に満ちてきました。ミョンフンはおそらくこのフィナーレの音楽に最も共感していたのではないでしょうか。インタビューで「positiveな音楽」と言っていたことの象徴がこの部分なのでしょう。32分音符のリズムの強調や、大きめに吹く木管群にもそれなりに意味が見出せ、なかなか聞かせました。

 ところで、インタビューの字幕に「前向きな」というのが出てきまして、これがおそらくpositiveの訳なのかと。僕の手もとの英和辞典には、positiveの項に「前向きな」という訳(例)はありませんでした(ただし、positivelyに「前向きに」という訳がありました)。もちろん、僕がpositiveの語のみを聞き取りで拾えたというだけで、前後の違う箇所の訳である可能性もありますが…。ともかく、「前向きな」という言葉は最近になってよく使われ出した語彙だと思います。すぐに思い当たるのは、ポピュラー音楽(いわゆるJ-Pop)の歌手なんかが「前向きな歌詞が気に入っています」とかいうふうに使う用例です。安直というか、中身がないというか。例えば、阿久悠などを死後に祭り上げてばかりなのもどうかとは思えど、それでも70年代の彼らの「歌謡曲の歌詞」の方が近頃の「前向きな歌詞」よりはずっとよくできている。この辺の解説は半田健人さんにまかせるとして(笑)、いずれにせよ「前向きな」という語はあまり好きではなく、自分では使わないようにしています。