音楽の編み物

シューチョのブログ

わかる人、わかる時、わかる可能性 (18)

 まだまだ、高専ロボコンについてです。

 ロボコン20年を記念する特別番組「ロボコン大百科」の冒頭、アナウンサーの「ロボコンの魅力は、一言で言うと…」という質問に、ゲストの山田五郎氏は次のように答えました。

「一言で言いますと、ロボコンとは理科系の甲子園、汗と涙は体育会系だけのものじゃないっていうことでねえ。この戦いの中に、ただ技術力だけじゃなくって、チームワーク、それから、生徒たちの夢や思いが、全部込められているんですよ。そのぶつかりあいなんですよ」

どこにでも使われる「~の甲子園」という表現。このような陳腐な比喩は、対象の本来の価値を弱めてしまいます。が、ここでの問題は、陳腐であるということだけに留まりません。ロボコン高専生は「ロボコンの」青春を過ごすのであり、重要なのは、高校野球ロボコンの共通性ではなく、相違性の方のはずです。それをかってに「甲子園」にしてしまう。ロボコンに出場する高専生たちにも「汗と涙」があることは当然です。一般に、若者が学校的集団的行事で何かをがんばってやり遂げる過程を経れば、何であっても、そこからチームワークの大切さを知り、そこに夢や思いをいっぱいに詰め、その結果「汗と涙と感動のドラマ」が大なり小なり生じ(たかのような満足感を得られ)るのが普通です。つまり、山田氏のコメントは、教師の好んで発する「みんなそれぞれがんばっている世界は違っても、がんばっているという点では同じ」という学校的言説と同様で、ロボコンロボコンとしての魅力については何も言及していないことになります。ロボコンのスタジオ観戦に何年も呼ばれているゲストの、20年の記念番組における第一声がこれかぁ…と、一ロボコンファン・一視聴者として何とも寂しい気持ちがしたのでした。