音楽の編み物

シューチョのブログ

ひとりぼっちの宇宙人(12) I.2-2

第 I 章 ダン=セブンの二重性

2 ダンとセブンの異質性

2─2 本郷猛>仮面ライダー

 ~変身の二義性とヒーローのアイデンティティー、再論

  悪の戦士・ハカイダーの悲劇

 さて、「ヒーローと悪」を論じる上で、忘れることができないのがハカイダーの存在(→注6)である。ハカイダーとは『人造人間キカイダー』に登場する究極の悪玉ヒーローのことである。彼は悪の組織「ダーク」の首領プロフェッサー・ギルの申し子であり、その立場は明確に悪の側にある。この点、これまで見てきた正義のヒーローとは対極に位置する。

 ハカイダーはその姿形からして主人公のジロー>キカイダーよりも数段かっこいい。全身黒一色で頭だけ脳が透けて見えるスケルトン、手塚治虫の生んだ屈指の名キャラクター・ブラックジャックの顔面の手術痕にも似た、頬を斜に走る黄色い稲妻、胸板と肩幅を強調する半月型の鎧、腰にではなく脚に備え付けられた銃…、この造型美・意匠美。今見てもため息が出る。等身大ロボット系の造型・意匠として、このハカイダーを凌ぐキャラクターは未だに出ていない。

 ハカイダーの優位性はそれだけではない。ハカイダーが古今の悪のキャラクターの中で一際異彩を放つのは、彼が光明寺博士の脳を自らの頭脳とするサイボーグであるからである。光明寺博士とは、ジロー>キカイダーの生みの親であり、当然、正義の側/人間の側の登場人物である。彼の悪の戦士としての卓越した運動能力は並外れた知能と連動しており、その知能を提供するのが光明寺の脳だということになっている(→注7)。他のダークロボットやジロー>キカイダー自身は完全な人造人間=ロボットであるが、ハカイダーは唯一人間の脳を持ち、より人間に近い存在なのである。このように、主人公を食ってしまうほど姿も中身も断然魅力的な彼の《人間性》とそれゆえの《悲劇性》を、見ていくことにしよう。

 ハカイダーはその知能ゆえに、「完全な」悪、少なくともギルの臨むような単なる悪の戦士に甘んじることはなかった。例えば、彼は仲間の、ギルの命令で動くダークロボット・ヒトデムラサキの邪魔をして「俺はただ、人質作戦などという汚い手が嫌いなだけだ」(長坂 DVD[04h]:38)と捨て台詞を吐く。あるいはアカジライガマをハカイダーショットの射撃一発で倒し、「…俺は、仲間をやってしまった…」(長坂 DVD[04h]:42)とうなだれる。このような公正さやモラルは、悪の戦士としてはいかにも人間的で、悪魔回路(→注8)というクールな概念とは明らかに対立し、自己矛盾を引き起こしている。

 また、ハカイダーアイデンティティーは、「キカイダーの破壊」に集約される。挿入歌「ハカイダーの歌」にも、何よりその名前にも表れている通りである。彼は「キカイダーを倒す者」「唯一倒せる者」なのだ。とすれば、ハカイダーは、キカイダーが倒れた瞬間、自身の存在意義も失ってしまうことになる。実際、キカイダーがアカジライガマの地雷を受けていったん(→注9)壊れた=死んだとき、ハカイダー

───

キカイダーはこの世で俺のただ一人の強敵だった。キカイダーとの勝負だけが俺の生き甲斐だった」「そのキカイダーを倒したアカジライガマ、俺はおまえと勝負しなければならん」

───(前掲DVD)

と決闘を申し入れ、アカジライガマを倒す(先述のシーン)。しかし、彼の喪失感は深く、

───

「俺は、俺は何だ!俺は何のために生まれてきた?アカジライガマは倒した。キカイダーは死んだ。これから、俺は何のために生きていくんだ」「俺の目的は何だ。こんな姿で、俺はどうやって生きていくんだ」「…憎い!俺を造り出したプロフェッサー・ギルが憎い」

───(前掲DVD)

などと叫んで、空しく暴れ出す。

 そして、ハカイダーは、生き返ったキカイダー(→注9)と再び勝負できるようになった矢先、ギルによって送られたハカイダー・キラー=白骨ムササビの凶牙に襲われ、倒れる(→注10)。ほどなく、ハカイダーはジローに発見され、肩を抱き起こされて、こう言い残して息絶える。

───

「奴は強い…、俺よりも強い…どうせなら、キカイダー、俺はおまえに、おまえにやられたかったぜ…」

───(前掲DVD)

 キカイダーよりも強く、キカイダーを倒せる唯一の存在──ハカイダーは、自身のアイデンティティーの確かさを証明できないままに終わった。が、証明できたとすればどうか。勝てば存在意義を喪失し、負ければ自分が倒れる。そして実際はというと、真偽不明のまま、やはり倒れた。いずれにおいても彼には死しかなかったのだ。自分の存在意義自体が自分の存在を必然的に否定してしまうという、根本的矛盾。ここに ハカイダーの悲劇 がある。まさに、「ハカイダーの歌」に歌われる通り、キカイダーを破壊」するという彼の「使命」こそが彼の「宿命」であったのだ(→注5)。

 ハカイダーの最期の言葉、それは、自分の存在の支えであった宿敵・ジロー>キカイダーに向かって、「俺を倒した奴を、おまえは倒せるか?」と問い、「俺が倒されたかったおまえにこそ、奴を倒してほしい」と願った、凝縮された言葉だったに違いない。

注5 (再録):文単位以上の歌詞の引用はここでは控えることにする。

注6…ハカイダーは、サブローという人間の姿を持ち、「ジローの弟」ということになっている。が、ハカイダーを包含型と呼ぶにはサブローというキャラクターは不明確に過ぎ、存在感が希薄だ。これはサブローとハカイダーの声の不一致も大きな原因となっている。ダン=セブンの声の一致については既にみた。そして、仮面ライダーの声は本郷猛の声、キカイダーの声はジローの声である。そして最近の例では、ウルトラマンメビウスの声はヒビノミライの声である。声の一致によって、姿形の異なる存在の同一性の根拠を説明無しで簡潔に与えることが可能なのだ。同一型変身ヒーローの必須条件といってもよい。

注7:このためにハカイダーには「血液交換の時間」という活動のタイムリミットがある。これはおそらく、ハカイダーが悪のヒーローとして完全無欠に過ぎるのを避けるために設けられた弱点だろうが、最高の“悪の戦士”にはおよそ似つかわしくない設定であり、残念である。

注8:ハカイダーが内蔵する身体回路の基盤のようなものを指す。対するジロー>キカイダーには《良心回路》が内蔵されているが、これが不完全であるためにギルの吹く悪魔の笛の音に苦しめられる。

注9:一度空中分解したジロー>キカイダーだが、ミツコの手で「修理」され、すぐに「生き返る」。

注10:ハカイダーが白骨ムササビに襲撃されるシーン、それは薄暗い洞窟の中で、洞窟の側面に映る二体のシルエットだけで表現され、時間は非常に短く、あっけないシーンだった。放映当時、筆者は子ども心に、このシーンから目を逸らしてしまった。贔屓の全勝力士に土が付いたときのようで、「ハカイダーが…まさか…何で?…」と、目と心のやり場を失い、しばらく嫌な気分のまま落ち着かなかった記憶がある。今、そのシーンを、意味も込めて受け止めることができるようになって、最高に強い/最高にカッコいい/理想的な悪のヒーロー・ハカイダーに改めて思いを寄せている。