音楽の編み物

シューチョのブログ

「エロイカ」葬送行進曲158小節の変イ音は,魂の発音=「冥音」である。

音楽テーゼ集
 
(9)「エロイカ」葬送行進曲158小節の変イ音は,魂の発音=「冥音」である。
 
 
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  交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」

第1楽章:序奏が置かれず、提示部が驚きを伴って突然開始、短い動機が次々と現れ、運動的で細かい音符が周到に縦横に編み込まれ、長大な“動く音の刺繍”となって進んでゆく。そのめまぐるしい激流をせき止める、木管による4分音符が積み重なって並ぶだけの静的な副主題が、この楽章の中では異彩を放ち、忘れ難い印象を与える。展開部の、スフォルツァンド(局所的強奏)連続の動機が再三示される部分は、ベートーヴェンの“思索する情熱”の音化といえよう。それはやがて不協和音に収束して立ち止まり、楽章中央の折り返し地点で新しい短調主題を導く。
 
第2楽章:厳かな葬送行進曲。明るい回想場面のような長調部分もあるが、それははかない夢のように短く過ぎ去り、曲はその後の方が長い。悲痛かつ壮大なフーガがようやく静まった後に聴こえてくる、変イ音と変イ長調主和音の持続は、「冥音」とでも名づけようか、まさに魂の発音が魂の耳へと、永く届いて響きわたる。
 
第3楽章:スケルツォ。第5や第9のそれのような“短調のドラマ性”は望めない。が、主部では主題が強奏確保時に息の長い旋律となって横たわったり、トリオでは、ホルンの3重奏が愉しく、それに呼応する合奏動機も雄弁で、いわば“長調のストーリー性”に満ちている。それを演奏する者は、進んで“面白いお話をたのしく聞かせる語り手”を務めることになろう。
 
第4楽章:2つの主題による快速な変奏曲。第1主題は多様に変奏され、フーガを2度にわたって織り成すほどだが、第2主題の方は、第1主題変奏の対旋律として初めて現れ、あまり形を変えず、要所要所に清涼剤のように差し込まれる。が、終結に向かう段になると第2主題がポコ・アンダンテ(=走らず歩く程度の遅さ)でたっぷりと慈しみを持って歌われ、やがて全管弦楽が鳴り響き、壮麗な音楽を築いてゆく。
 
 さて、エロイカといえば、例の第1楽章コーダの“主題行方不明”の事態にどう対処するか。原典版ともワインガルトナー版とも異なる、私なりの回答=試案を詳細するのは野暮と思われる。が、ひとこと説明しておくと、それは「4度現れる8小節の主題のうちカノンとなっているのが2度目のみ、という、“構造の未充足を埋める”」というものである。
 
(2004年)